2017年02月26日

反比例する物質的豊かさと心の豊さ

先日、ある女子大生と話していると、「幸せ」という

 

テーマで卒業論文を書いたということを話してくれました。

 

 

彼女は大学生時代、カンボジアにボランティアに行ったそうです。

 

 

そこで見た景色は、お世辞でも豊かな暮らしとは言えなかったそうです。

 

 

洋服はボロボロ、食べ物もたいしてない。住む家すら衛生的にも

 

 

 

良い環境ではなかったそうです。

 

 

 

しかし、カンボジアの人たちは自分たちは「幸せ」

 

 

ということを、おっしゃっていたそうです。

 

 

 

彼女からするとカルチャーショックだったでしょう。

 

 

 

物があることが当たり前の日本に生まれ、当たり前のない

 

 

環境の中生活している人たちが「幸せ」だと胸を張って

 

 

 

話されているのですから。

 

 

 

私はその話を聞いて、なるほどと思いました。

 

 

今の日本は物が豊かになり、何1つ不自由なく生きられます。

 

 

 

他人の力も借りず生きていくことが出来るのです。

 

 

 

しかし、40年前の日本はどうだったでしょうか?

 

 

 

お隣さんに醤油を借りに行くという文化があったと思います。

 

 

 

その頃は、日本に心の病気は無かったと思います。

 

 

 

何が言いたいかというと、アドラー心理学でいう

 

 

 

人が存在することに価値があるということです。

 

 

 

例えば、寝たきりだとしてもその人が生きているだけで

 

 

 

価値があるということ。そういったことも

 

 

 

モノのない時代には無意識で理解できたのです。

 

 

 

不自由さは他人とのコミュニケーションをとる上で1番重要だった

 

 

 

のでしょう。そして不自由さが他人の痛みすら理解し想像できたのです。

 

 

 

例えば、おなかをすかせた難民が、隣のこいつもきっとおなかすいている

 

 

 

 

と想像できるのです。そして自分がパンを一切れもらったとしても

 

 

隣の仲間に分け与えることが出来ます。

 

 

 

もらう方も、「悪いからいいよ」とは言いません。

 

 

 

ありがたく受け取るのです。

 

 

 

ここに無意識の部分に愛を与え、また愛を受け取ることが出来ます。

 

 

 

今の日本人は愛を受け取ることも下手です。

 

 

 

遠慮が美徳とされたり、他人のお節介に嫌な気持ちになることもあります。

 

 

 

それは、便利さゆえの想像力がなくなっていることと、

 

 

 

他人に迷惑をかけてはいけないという教育が愛を受け取ることが

 

 

 

出来なくなったのだと思います。

 

 

 

私たちの親はよく「他人に迷惑をかけるな」といったものです。

 

 

 

 

しかし、その教育が間違っていたのだと私は思います。

 

 

 

「他人にお世話になったら、必ず感謝でお返ししなさい」

 

 

 

これを教えなければいけなかったのです。

 

 

 

私の知り合いには、大学も出て優秀で、頑張り屋の人たちが

 

 

 

たくさんいます。しかしその方たちは、体を酷使し頑張り続けます。

 

 

 

きっと本人たちはまだ、頑張りが足りていないと思っているでしょう。

 

 

 

しかし、そうではないのです。

 

 

 

自己肯定感を持つことで頑張ることから解放されます。

 

 

 

自身を肯定出来れば、他人にやさしくなれます。

 

 

 

 

他人のための言葉や行動が出来ます。

 

 

 

そして、お金を追いかける生き方ではなく、

 

 

 

貢献を意識する中で、お金を手に入れ、心も経済的にも

 

 

 

豊かな生活が送れるのです。

 

 

 

物が無かった日本人は高度成長期をへてバブル時代まで

 

 

 

物が豊かさだと信じて生きてきました。

 

 

 

しかしそのことで、心の豊かさを置いてきたのかもしれません。

 

 

これからの時代、目に見えないことを信じ、生きていくことが

 

 

 

本当の意味での豊かさを手に入れられるのです。

 

 

 

今の日本に物質的豊かさはこれ以上必要ありません。

 

 

心の豊かさを手に入れれば日々に感謝し、幸せに人生を送る

 

 

ことが出来ます。

 

 

 

今の時代をさらに良いものにしていくためにも

 

 

 

心の豊かさを伝えられるメンターが必要なのでしょう。

 

 

 

私自身もそのようなお手伝いをしていきたいと思っています。

posted by 及川正基 at 10:29| 日記

2016年12月13日

正しさを伝えるのは楽をしていること。

先日、私の家の隣の奥さんが子供に強めな口調で

 

 

このようなことを言っていました。

 

 

お母さん「○○ちゃん。幼稚園で縄跳び飛べないの○○ちゃんだけよ。

 

 

練習しなければいつになっても飛べないんだよ」

 

 

 

子供「グスン。。。」

 

 

お母さん「泣かない!悔しいと思いなさい。」

 

 

 

私はこれを聞いて「あぁ〜ぁ、なんでそんなこと言うんだろう。

 

 

 

それじゃあ、子供を傷つけているだけなのにな〜。」と感じてしまいました。

 

 

 

きっとその言葉で、子供が奮起し、悔しいと思って縄跳びの練習はしません。

 

 

 

それよりも、縄跳びが飛べないことで、お母さんに

 

 

 

 

怒られたという嫌な経験になり、縄跳びが嫌いになるかもしれません。

 

 

 

もし、本気でお母さんが子供のことを考え、この子に縄跳びを飛べるように

 

 

 

 

させてあげたいと思ったら、どうしたら努力できるかを考えるはずです。

 

 

 

 

もし私がそのお母さんならこういうでしょう。

 

 

 

 

「○○ちゃん、幼稚園で一生懸命縄跳びを飛ぼうとしている○○ちゃんを見て

 

 

 

お母さん凄く嬉しかった。もっと、飛べるようになるようにお母さんと

 

 

 

一緒に練習しようか。」

 

 

 

 

こんな感じでしょうか。もしこれを伝えて、子供の答えがNOでも

 

 

 

 

私なら構いません。重要なのは縄跳びが飛べなかったという概念を

 

 

 

変換して、頑張っていたというものに子供の心の記憶を塗り替えることが

 

 

 

重要だからです。そして、飛べないということで傷ついた子供の心を

 

 

癒すのが大きな目的です。心が癒されれば、元気が出てエネルギーが湧きます。

 

 

 

そうしてあげることが、私は重要だと思うのです。

 

 

 

きっとお母さんも、自分の子供が飛べないことで、お母さん自身も

 

 

 

傷ついたのかもしれません。

 

 

 

だから、子供を叱ったのだと思います。

 

 

 

 

しかし、すでに子供も飛べなかったことで傷ついているという「愛」を

 

 

 

持つことが出来れば、そのような言葉は出なかったと思うのです。

 

 

 

 

正しいことを言うことは楽をしていることです。

 

 

 

だって本来の目的は子供が、縄跳びを飛べるようになることだからです。

 

 

 

練習しなさいは、親が子供に正しさを伝えるという楽をしているだけ。

 

 

 

 

子供がそう思えるように、子供と接するのが親の愛です。

 

 

 

愛を持って接することは、本当に難しい。

 

 

 

でも愛を持って接すれば相手を救うことが出来ます。

 

 

 

先日、アンソニーロビンズがFBに投稿した言葉です。

 

 

 

「憎しみや苦しみは恐怖という病気を治すことはできない。

 

 

唯一、愛だけが恐怖という病気を治すことが出来る。

 

 

憎しみはあなたに無力感を与える。

 

 

愛はあなたをそこから解放する。

 

 

憎しみは人生を混乱させる。

 

 

愛は人生に調和をもたらす。

 

 

憎しみは人生を暗くさせる。

 

 

愛は人生を輝かせる。」

 

 

 

正しさは人間であれば誰でもわかります。

 

 

 

だから、正しさを伝える前に相手の「心」を見ることです。

 

 

 

これは大人でも一緒。心をいやすことが出来れば、

 

 

 

本人が勝手に気付き良い方向に向かうのです。

 

 

 

大切な人だから自身の成長とともに、相手を良い方向に導きたいですね。

posted by 及川正基 at 08:49| 日記

2016年11月04日

無意識の力

先日メンターの勉強に行ってきました。

 

 

無意識というのは、人に大きな影響を与えていることを

 

 

改めて知る場面と仲間との会話がありました。

 

 

 

それは、東大を卒業しその後、弁護士になった方がいます。

 

 

 

その方のお話だったのですが

 

 

 

親に1度も「勉強しろ」と言われたことはなかったようです。

 

 

 

 

ただ、親が家でだらしない格好や気を抜いている姿を見たことが

 

 

 

 

無いと言っていました。

 

 

 

 

このことから、家庭で彼の無意識に問いかけるものが

 

 

 

 

どんなものだったか、想像がつきました。

 

 

 

 

その話を、仲間のキャリアカウンセラーと話すと、

 

 

 

「実はクライアントでも高学歴の人はほとんど勉強しろと親に

 

 

 

 

言われたことがないんですよね」と話していました。

 

 

 

 

親の背中を見て子は育つ言いますが、その通りです。

 

 

 

 

無意識のアプローチは顕在意識に問いかけるよりもはるかに

 

 

 

 

高く言葉ではない力は凄まじいものなのです。

 

 

 

 

自身のあり方が周りにも大きな影響を与えていることを

 

 

 

 

もう1度自覚する時間となりました。

posted by 及川正基 at 07:52| 日記